人生には難がつきもの
だから「有り難し」なのです。

感謝の意味で「おかげ様で」と使いますが、
時折「様」を省略した「お陰で」という言い方を耳にすることがあります。
では、おかげ様の「様」とは誰を意味するのでしょうか。
大抵の方は感謝する対象の人を示すものとして使っていると思います。
もちろんそれで構わないのですが、本来「おかげさま」というのは、神仏であったり、神仏のご加護を意味しているのです。
ですから「おかげさまでうまく事が運びました」というのは「仏様のおかげさまで、うまくいきました」とも読み替えることが出来るわけです。
直接お世話になった人への感謝として「おかげさまで」と使うのも大切ですが、一歩深めて「おかげさま」と口にしたいものです。
人生に苦しみがあるのは、人生が魂を磨くための試練だからです。
言い換えるならば人生は見つけるものではなく、人(己)を創っていく道程なのです。
そして・・・・・・・
どんなに欲しても命は一人にたった一つ。
ご自愛専一にお過ごしくださいませ。
人に憂い(かなしみ)があって「優しい」と読むのはご存じですね。
人に夢で「儚い(はかない)」と読むのもご存じでしょう。
それではこれはどう読むでしょうか。
――人に為(ため、なす)――
そうです、「いつわり」「にせ」と読み、あまり良い意味で使われないのが実情であります。
この言葉が出来たいきさつはわかりませんが、人の為に施すことが偽善だということでは決してないと思います。
本来「情けは人の為ならず」と同様の意味ではないでしょうか。
人の為ではあるが、それは巡り巡って自分に寄与する。
秋の夜長に日本語の奥ゆかしさを考えるのも味わいがあると思います。
コロナ渦にめげず、今年もまた実りの秋がやってまいりました。
成熟する果実、黄金色に輝く稲穂など・・・
例年のようにたくましく私たちに「めぐみ」と「いのち」と「幸せ」を与えてくれます。
それは当たり前のことのように思えて実はその反対である「有り難い」ことなのです。
天災・人災の苦難を乗り越えているからこそ私たちに実りを与えてくれるのです。
「有り難い」と感謝の気持ちを忘れず、日々を過ごしてまいりましょう。
他人の口から出る言葉は自分にはどうにもできません。
しかし、自分の口から発する言葉は自分で気を配ることができます。
そのためには言葉を発する前に自分の中で咀嚼して吟味しなければなりません。
ほんの僅かな時間に咀嚼して吟味するなど可能でしょうか。
だからこそ普段から意識している必要があります。
自らの発言に自覚と責任を持ち、気を配る・・・・
言葉は自分を表す姿見(鏡)なのです。
合わす手に心が通う、ありがたい。
手を合わす合掌の姿は美しい…
合掌の姿には感謝、祈り、敬い、慎みなどの気持ちが表れています。
「あたりまえが、ありがたい」と自然に手が合わさる気持ちを
常に持ち続けていたいものです。
合掌
雪のうちに仏の御名を唱うれば 積もれる罪ぞやがて消えぬる
法然上人御詠歌
雪がとける様に、日頃積もり重ねてしまった罪も
お念仏を一心に唱えれば、直ちに消えてしまうでしょう。
2月16日はありがとうの感謝の気持ちを伝える会
御忌(ぎょき 法然上人のご遺徳を偲ぶ)法要です。
ご参詣下さい。